問題解決の極意

問題解決の極意

問題解決の極意
著者:岸良 裕司

★読書前のaffirmation!
[きっかけ・経緯] TOCのゴールドラット先生のお弟子さん・・・何冊も読みました。
[目的・質問] TOC流の考え方のおさらいです。

学校を出てからも、知識やノウハウを学ぶ機会は世の中にあふれている。職場の先輩から学んだり、研修、雑誌、本、場合によっては社会人として学校に行って学ぶこともできる。不思議なのは、成功事例に裏付けされた様々な知識やノウハウをいくら頭の中に詰め込んだとしても、それを活用して成果を出せる人はほんのわずかなこと。何かが足りないのではないだろうか。(P.3)

いきなり僕がちょうど課題だと思っていたところに直球で来ました。Know How でなくて、Know Why を自分の血肉にしなければならないのだと。単なるノウハウを知ったとしても、それを使えるシチュエーションってそんなにあるものかと。

「知識」と「知恵」。似たような言葉だが、『広辞苑』で調べると似て非なるものであることに気が付く。

【知識】 ある事項について知っていること。また、その内容。
【知恵】 物事の理を悟り、適切に処理する能力。

「知識」を頭の中に入れることと、それを適切に処理する「知恵」は異なるということだ。知識も頭を使って適切に処理する能力がなければ成果に結びつけるのは難しいという言える。考えてみれば当たり前だが、「頭の中に何を入れるか」と「頭をどうやって使うか」は別の問題なのだ。頭の中に入れた知識をどうやって使うかという「頭の使い方」にこそ、成果を出すか、出さないかのギャップを埋める鍵があるはず。(P.4)

先ほど述べたKnow Why が筆者の言うところの「知恵」に近いものだと認識しています。

問題解決の極意というと大げさに聞こえるかもしれないが、実は、極意は一言で言ってしまえば「科学者のように考える」ということだ。科学者が普通にやっているように、シンプルに原因と結果の関係でものごとをつなげて考える「頭の使い方」を毎日続けることで、日常の問題解決もできることを示している。そして、その訓練を続けることで頭も心もやわらなくなっていくことになる。(P.5)

ここに尽きますね。よく○○を分析してくれ!というような依頼を受けますが、この○○は、もちろん結果であって、その結果に至った原因を探してくれということですが、そこで見つかった原因は、それ自体も結果で、その結果は先の〇○を必然的にもたらすものになってしまっていると最近思っています。たとえば、売上下がっている原因を見つけ出せ!という第一の課題だとしましょう。

たとえば、次のような因果関係になっているのです。
「売上低下」
→「商品が悪くなっている」
→「商品開発力が弱くなっている」
→「担当者のスキル自体が醸成されていない」
→「教える先輩自体が、やれても教えられるレベルに達してない」

というようなところがあったとすると、いわふるトヨタ風の「なぜを5回繰り返せ!」なんて言われるところに似てきます。要は、結果に対する原因、その原因にもそれに及んだ原因があって、真因に迫れ!ということなのだと理解しています。改めて、原因の原因を探る・・・・これは分析者としては癖となるくらいに体に染み込ませたいスキルです。

 

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