知の越境法 「質問力」を磨く

知の越境法 「質問力」を磨く (光文社新書)

著者:池上彰 …. 

「はじめに」に次の言葉があります。「年齢を重ねるほどに越境の機会が減ります。黙っていても減るわけですから、無理にでもその機会を作る必要があります。読者のあなたにそれを促そうというのが、本書の目的です。」この意味が分かる人はもう越境活動やってるんだろうなぁって思います。それをやってない人にも、さすが池上さんという分かりやすいアプローチとなる著作です。(Inobe.Shion)

File:Dark sunset over Boundary Waters (Unsplash).jpg

内容紹介

すべては“左遷”から始まった
素朴なギモンは貴重な情報源/人に説明して自分の理解を深める/異分野の知恵を借りて停滞を破る/想定外の問いで本音を引き出す
「専門を決めない」学びのススメ

世界で起こる問題を誰もが分かる言葉で解説し、総選挙後には政治家への突撃取材でお馴染みの池上彰。しかし、その八面六臂の活躍も、NHK時代の〝左遷〟から始まった。記者としてのキャリアを順調に積み重ねてきたが突如、「週刊こどもニュース」キャスターへの異動を命じられる。それでも腐らず、複雑なニュースを小学生にも分かるように噛み砕く語り口が好評を得て、ついに国民的番組に押し上げる。この成功体験から、分かりやすさは武器になり、専門を持たないことは分野の垣根を越える強みだと気づき心機一転、フリージャーナリストの道へ――。 異動、転身とは、現状を脱し新天地に飛び込むという意味で「越境」であり、積極的な行為だ。幾多の領域を跨いで学び続ける著者が、その効用と実践法を説く越境のススメ。

【目次】
第1章 「越境する人間」の時代
1 「知の越境者」が求められている
2 政治と経済の越境
第2章 私はこうして越境してきた
1 逆境は独学で切り抜ける
2 自分の足りないものを点検し、補う
第3章 リベラルアーツは越境を誘う
1 画期的アイデアが生まれる背景
2 すぐ役立つものは、すぐに陳腐化する
第4章 異境へ、未知の人へ
1 使える「ゆるやかな演繹法」
2 この人びとに惹かれる
3 人こそ異境である
第5章 「越境」の醍醐味
1 守られているものは弱い
2 歴史への越境、歴史からの越境
3 南スーダンと戦後日本の共通項
第6章 越境のための質問力を磨く
1 愚かな質問はない、愚かな答えがあるだけだ
2 想定外の質問を投げかける
終章 越境=左遷論
1 「事実」が揺らいでいる
2 ムダなことが後で生きてくる

【プロフィール】
池上彰(いけがみあきら)
フリージャーナリスト。名城大学教授。1950年、長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。松江放送局、呉通信部で自治体、警察、裁判所、日銀支店を担当し、地方において国家・社会の縮図を見る。76年のロッキード事件では松江から取材に参加。79年より東京に移り、社会部で警視庁・気象庁・文部省・宮内庁を担当。積極的に現場に入り、日航機事故も取材。1994年より、「週刊こどもニュース」のキャスター(お父さん役)として国民的人気を得る。2005年よりフリーに。名城大学のほかに、東京工業大学、立教大学、愛知学院大学、信州大学、日本大学、順天堂大学で教鞭を執る。

内容(「BOOK」データベースより)

世界で起こる問題を誰もが分かる言葉で解説し、総選挙後には政治家への突撃取材でお馴染みの池上彰。しかし、その八面六臂の活躍も、NHK時代の“左遷”から始まった。記者としてのキャリアを順調に積み重ねてきたが突如、「週刊こどもニュース」キャスターへの異動を命じられる。それでも腐らず、複雑なニュースを小学生にも分かるように噛み砕く語り口が好評を得て、ついに国民的番組に押し上げる。この成功体験から、分かりやすさは武器になり、専門を持たないことは分野の垣根を越える強みだと気づき心機一転、フリージャーナリストの道へ―。異動、転身とは、現状を脱し新天地に飛び込むという意味で「越境」であり、積極的な行為だ。幾多の領域を跨いで学び続ける著者が、その効用と実践法を説く越境のススメ。

自分にとって異なる文化と接すること。自分が属している組織に異質な存在を送り込むこと。それによって多様性を生み出すこと。自分を、そして組織を活性化するには、それが必要なのではないでしょうか。(p.4)

そして、さらに続けます。これこそが本質だと思います。

越境の意味はそこにあると考えます。進歩が止まった。どうも淀みがちだ。すっきりしない―そう思ったときに、ちょっといつもの道を外れ、隣の道を進んでみる。角度が変わっただけで風景が違って見えます。(p.5)

「残念ながら、現実には自分の枠を越えようとしない人が増えている印象です」とあります。例えば、転職なんてまさにこれだと思うのですが、就職氷河期を経験した人たちは、もう嫌だという思いも潜在意識にあるのでしょうか。そこは分かりませんが、これについても二極化しているように思います。

さまざまな参考文献を読み解いても、自分の身につくかどうかは別問題です。そこで気づいたノウハウとは、「アウトプットを意識したインプット」でした。あることを勉強しようとして、難しい本を一生懸命読む。「あぁ、理解できた」と思っても、その内容を誰かに伝えようとすると、思うように説明できない。そんな経験はありませんか。自分が「理解できた」ということと、他人に説明できるくらいに「理解できた」ということの間には、大きな溝があるのです。他人に説明できるまでに「理解できた」と言えるようになるためには、自分が学んだり見聞きしたりした内容をどう相手に伝えるかを常に意識することが十四です。(pp.27-28)

これは本当に大事です。そして、話は少し変わりますが、数式やベン図、またフローチャートなどの数学的・プログラマー的な考え方、説明の仕方で容易に説明できることも多々あり、数学のありがたさが分かります。

MITで印象的だったのは、こちらが当然のように、「最先端のことを教えてらっしゃるんでしょうね」と先生方に尋ねたところ、「いや、そんなことはありません」という答えが返ってきたことです。「今最先端のことは4年程度で陳腐化します。すぐに陳腐化することを教えても仕方ありません。新しいモノを作り出す、その根っこの力をつけるのがリベラルアーツです。すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなります」・・・リベラルアーツの真髄を聞いた気がしました。(pp.116-117)

そしてさらに驚くべきことに・・・

ボストンにあるエリート女子大のウェルズリー大学は、名門のリベラルアーツの大学です。ここでは、経済学は学ぶものの、経営学は教えないそうです。理由は「役に立ちすぎるから」。これは驚きました。経済学は人間を知るためには大事な学問ですが、経営学は役に立つ分、すぐに陳腐化する。そうした実学は「ビジネススクールで学べばいい」という考え方なのでだそうです。(p.117)
ソクラテスには「メノンのパラドクス」という言葉があります。問題の解決法が分かっていれば、それは問題として意識されない。逆に問題の解決法が全く見当がつかない場合も、問題として意識されない。問題として意識されるのは、解決できるかもしれないが、やってみないと分からないものの場合だ、というのです。まさに質問というのは、そういう問いを発することだと思います。質問をするためには、何が分からないか分かっていないとだめなのです。(pp.208-209)
「愚かな質問はない、あるのは愚かな答えだけだ」という言葉があります。変な質問をして愚かだと思われるのがいやで、質問自体を抑え込んでしまう。それは本人の成長の機会を奪うばかりか、その質問をすることで周りの人も賢くなる機会を奪う、という考え方です。アメリカではどんどん質問することが良しとされます。それには、質問はみんなのためになる、という共通認識がバックボーンにあるのでしょう。(p.210)
どんな質問だっていいのです。知りたいことは何でも聞くべきですし、それで相手のレベルが分かります。愚かな答えが出れば、この人は愚かな人だと分かるわけで、それだけでも大変な収穫です。(p.217)
越境の醍醐味にはどんなものがあるか。基本的には4つの類型が考えられると思います。(pp.232-233)

  1. 知らないということを知る。「無知の知」
  2. 知らないことを知って、停滞を破る(未知の人や土地に越境する)。
  3. 離れているものどうしに共通点を見出す。
  4. 知らないことを知ることで多数の視点を持つ。自分を相対化する。

さすが池上さん、非常に読みやすい内容でした。しいて言えば、各章の終わりにまとめをつけてくれると良かったですね。

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