3つのゼロの世界


3つのゼロの世界――貧困0・失業0・CO2排出0の新たな経済

著者:ムハマド ユヌス

サブタイトルに「貧困0・失業0・CO2排出0の新たな経済」とあり、3つのゼロとは、この3つであることが分かります。さて、ムハマド・ユヌスさんはご存知の方も多いと思いますが、バングラデシュの経済学者、実業家。同国にあるグラミン銀行の創設者、またそこを起源とするマイクロクレジットの創始者として知られ、2006年にはノーベル平和賞受賞されています。そのユヌスさんの最新の著書となります。テーマはこの3つのゼロで、まさにSDGsとの共通性をもったものとなっています。(Inobe.SHion)

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内容紹介

NHK「ニュースウォッチ9」に著者登場! (2018年3月28日放送)

壊れかけの資本主義を救う道とは?

出雲充氏、推薦!
(株式会社ユーグレナ代表取締役社長)
「これでもか、これでもか、これでもかというくらいソーシャル・ビジネスの先には明るい未来が待っています」

ノーベル賞受賞者が語る危機克服のための具体策!

トランプ現象、格差の拡大、加速する温暖化……世界はいま、資本主義の機能不全にあえいでいる。
貧困者のための銀行・グラミン銀行を創設し、母国バングラデシュの貧困を大きく軽減した功績によりノーベル平和賞に輝いたユヌス博士が、
世界に広がるグラミン・グループと関連団体の活動をもとに、人類が直面する課題を解決するための具体策を語る。

「ソーシャル・ビジネス」、「起業家の精神」、「金融システムの再設計」の3つを追求すれば、
貧困0・失業0・二酸化炭素排出0の「3つのゼロの世界」は実現できる。
ユーグレナや九州大学など、日本の諸団体との提携事業も多数紹介。
分断と危機の時代を乗り越えるヒントがここにある。
(解説/安浦寛人)

「ムハマド・ユヌスは、あくまで一つの村を救おうとしただけだった。しかしその活動が、どういうわけか世界を変えることになった」
――バラク・オバマ(前アメリカ大統領。ノーベル平和賞受賞)

「貧しい人々に自立する力を与えることで、ユヌス博士は一度の食事以上に価値あるものを彼らに与えた――もっとも欠くべからざる種類の安心を」
――ジミー・カーター(元アメリカ大統領。ノーベル平和賞受賞)

出版社からのコメント

【書評情報】
週刊東洋経済(3/17号):書評(中岡望氏)
朝日新聞(3/25):書評(加藤出氏)

内容(「BOOK」データベースより)

トランプ現象、格差の拡大、加速する温暖化…世界はいま、資本主義の機能不全にあえいでいる。貧困者のための銀行・グラミン銀行を創設し、母国バングラデシュの貧困を大きく軽減した功績によりノーベル平和賞に輝いたユヌス博士が、世界に広がるグラミン・グループと関連団体の活動をもとに、人類が直面する課題を解決するための具体策を語る。

マイクロクレジットのおかげで何百万もの人が貧困から脱することができた。これだけ大きな成果が見られたことからも、従来の銀行制度の欠点がはっきりとわかる。従来の制度は、銀行を最も必要とする人々、つまり、世界中で最も貧しい人々にサービスを提供することを拒んできた。貧困者は数多くの問題に直面している。問題は互いに密接につながっていて、銀行の問題はそのひとつにすぎない。制度化されたサービスは期待できず、清潔な飲料水や衛生施設が足りない。医療も不足し、教育も不十分。住居の質は低く、電力などのエネルギーも手に入らずに、高齢者は放っておかれる。ほかにも問題は山積している。そして、こういった問題が見られるのは、発展途上国だけではない。(p.9)
富の集中の加速傾向が危険なのは、それによって人類の進歩や社会の一体感、人権、民主主義などが脅かされるからだ。富が収集する世界は、政治権力が一部の者に支配され、その少数者の利益のために利用させれる世界でもある。(pp.10-11)

オックスファムの報告によると、2010年においては世界で最も裕福な388人が、世界人口の下位半分、推定33億人より多くの富を所有していた。そして、2017年になると世界人口の下位半分より多くの富を所有する”超特権者”の数は8人にまで減ったという。しかも下位半分の人口は36億人に増えている。ちなみにこの8人の正体はというと、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェット、ジェフ・ベゾスといったアメリカのビジネス・リーダーをはじめ、ほかの国からは、スペインのアマンシオ・オルテガ(ZARAで知られるアパレルメーカーのインディテックス社の創業者)、メキシコのカルロス・スリム・エル―(テルメックス、テルセル 、アメリカ・モービル を所有し、ラテンアメリカの通信産業に多大な影響を持つ。)などが名を連ねているとのことです。(p.10)

桁違い・・・ほんとに何桁違うのか分かりませんが、彼らの資産で国家の一つや二つ・・・買えてしまうわけなんですよね。ビックリしてしまいます。

富の集中を助長しているのは、まさしく現在の経済・政治状況に固有のいくつかの特徴である。しかし、現在の経済システムのもとでは、富の集中は避けようがなく、そのプロセスが止まることはない。それが現実だ。・・・金持ちが現在の資本主義システムを悪用しているのではなく、現資本主義システムのほうが金持ちの利益となるように機能しているのである。・・・このような富の構造は持続不可能である。社会的にも政治的にも、この構造は時限爆弾のようなもので、いずれ、われわれが長年かけて築き上げてきたものすべてを破壊してしまう。われわれが日々の生活に忙殺され、悲劇の前兆に気づかずにいるうちに、こうした恐るべき現実が形作られている。(pp.12-13)
資本主義がイノベーションと経済成長を促してきたことは間違いない。しかし、格差が急激に広がりつつある世界で、多くの人が疑問を投げかけている。「見えざる手は、本当に社会の全員に利益をもたらすのだろうか?」。答えは言うまでもない。どういうわけか、見えざる手は大金持ちをえこ贔屓するようだ。そうでなければ、これほどまでにすさまじいと見の集中が続くわけがない。(pp.13-14)
われわれは経済についての考え方を、もっと根本的に変えなければならない。新古典派バージョンの資本主義では、現在われわれが直面している問題を解決することはできない。これは、いまや認めざるを得ないのではないだろうか。なぜなら、新古典派資本主義は、目覚ましい技術発展と莫大な富の蓄積をもたらしたが、その代償つぃて巨大な格差と、格差から生じる悲惨な問題もまた生み出したからだ。個人の利益を中心に据えた市場がすべての問題を解決する、そんな妄信は捨てて、現在の経済の仕組みでは不平等の問題が自然に解決されることはないと認めなければならない。この問題はすさまじい勢いで深刻化している。(p.14)
経済学者やビジネス・リーダー、政府の専門家の多くは、今でも資本主義的人間が現実の人間だと考え、利己心が人間を動かす唯一の動機だと思い込んで行動している。その結果、利己的であることが奨励される経済と社会と政治のシステムが続いている。無私の行動をとること、相手を信頼して行動することを多くの人が直観的に望んでいるのに、そのように振る舞うのをどんどん難しくしているのだ。(pp.18-19)
GDPは全体を語らず、語ることもできない。お金のやり取りを必要としない活動は、GDPに算入されないからだ。つまり、人間がとても大切にすることの多くが、価値がないとみなされるのである。他方で、兵器や、人の健康を害したり環境を破壊したりするのに使われるお金はGDPに算入される。苦しみを生じさせるだけで、人類の幸福にはまったく貢献しないにも関わらずだ。(p.19)
はっきりと言っておきたい。富の集中を止めることは出来る。自由市場を非難する理由はない。非難すべきものは、それを越えたところにある。資本主義論が人間本性を解釈する、そのやり方だ。そこにこそ根本的な原因がある。自由市場に参加できるプレイヤーのタイプは限られている。今、市場に参加するのを許されているのは、利己心に動かされたプレイヤーだけだ。無私の心に動かされたプレイヤーも市場に参加d系るようになれば、状況は完全に変わる。・・・必要なことはただひとつ。無私の心に動かされたビジネスを創出する取り組みに参加する意思を表明すること。つまり人類の問題を解決するために自分の能力に適したソーシャル・ビジネスを創出する意思を示す事、それだけだ。(pp.23-24)
富の集中を緩和しようとする試みは、ほとんどが所得の再配分に焦点を当てており、累進課税によって上位の人から税を多く徴収し、さまざまな給付事業を通してそれを底辺の人に与えようとするものだ。残念なことに、民主主義政府が再配分プロつガムを通じて大きな成果を上げるのは、ほぼ不可能だ。政府が重税を課すはずの最も豊かな人たちは、政治的にとても大きな力を持つ。政府が有効な対策を取ろうとしても、それが自分たちの利益に反するならば、豊かな人々は圧倒的な影響力を使って阻んでしまうのだ。(p.27)
初めのころは不思議に思ったものだ。なぜ私よりも先にソーシャル・ビジネスを思いつかなかったのだろう。なぜ世界は、社会問題解決への挑戦を政府と慈善団体だけに委ねてきたのか。その答えは経済理論にあった。この経済理論がビジネスに唯一絶対の指令を与えてきたのだ。利益と個人の富を生み出すべしという指令だ。しかし、ビジネスはそれとは完全に異なる目的のために使うこともできるとわかった。すなわち、人類が直面する問題を解決するのに使うこともできるのだ。また、目的を達成するのにとてつもなく大きな力を発揮することにも気づいた。突如として、世界をより良い場所にするという目的のために、経済理論の盲点は、経済理論が想定する人間本性の盲点に由来する。(p.33)
これまでにソーシャル・ビジネスは大きく成長し、拡がりを見せてきた。それを考えると、近代以降ほとんどの人間に成果感を支配してきた。従来の不完全な経済システムへのオルタナティブが現れてきたことが分かる。主流の経済思想に潜むふたつの基本想定を取り除き、ソーシャル・ビジネスによって明かされた現実と置き換えれば、新しくて完成度の高い、正確で有効な対抗経済が現れる。(p.36)

そのふたつの基本想定というのが下記になります。

第一に、人間は生まれつき利己的だという想定を取り除く必要がある。したがって、利己心が中心的な動機となって、あらゆある経済発展をもたらしているという想定も捨てなければならない。そしてその代わりに、人間は利己心と無私の心の両方を持っていて、経済活動ではこの両方の動機が役割を果たすもんだと想定しなければならない。(p.36)
第二に、ほぼすべての人間は他の人のもとで働いて人生を送るよう生まれついたという想定を捨てて、人間はみな生まれながらの起業家であり、無限の創造力を内に秘めているという想定と置き換える必要がある。(p.37)
今日の若者たち―バングラデシュからブラジル、アルバニアからハイチ、インドからアイルランド、日本からアメリカまで、世界中の都市、町、郊外、村に暮らす何億もの若者たち―は、世界を変える才能やエネルギー、知性、理想、他者への優しさを持っている。若者は、貧困や失業、環境破壊の暗がりから脱した新しい文明を創ることができる。今、求められているのは、新しい経済システムを作って若者の力を解き放ち、若者が自分の可能性を実現できるようにすることだ。(pp.37-38)
いま稼働している資本主義の何よりの問題は、システムがただ一つの目的しか認めいないことにある。個人の利益を利己的に追求するという目的だ。その結果、この目的に沿って設計されたビジネスだけが受け入れられ、支援される。しかし、世界中で何百万もの人々が、貧困や失業と環境破壊をなくす、これらを目標にビジネスを設計して始めさえすれば、この3つの問題は劇的に軽減できるはずだ。そこでは、ソーシャル・ビジネスが決定的に重要な役割を果たす。(p.45)

このことは本文にも何度も登場するユヌス先生の基本的な考え方です。そして、ソーシャル・ビジネスについてのある側面からのメリットが書かれています。

ソーシャル・ビジネスには、利益の最大化を目指す企業や、従来の慈善団体にはない長所がある。利益を上げなければならないというプレッシャーがなく、利益を求める投資家からの圧力もないソーシャル・ビジネスは、現在の資本主義がうまく対処できない状況でも経営を続けることができる。投資利益率はほぼゼロだが社会的な見返りが非常に大きい、そんな状況でも経営を続けられるのだ。また、ソーシャル・ビジネスは収益を生み出すように設計されており、経済的に自立している。だから、事業を続けるためにドナーから資金を集め続ける必要はない。非営利組織の世界では、多くの人がドナーからの資金獲得のために時間とエネルギーを費やしている。(pp.45-46)
貧困は貧しい人々が作り出すのではないと認識するところから始めることが重要だ。貧困を作り出すのは、あらゆるリソースがトップへ押し寄せる傾向にある経済システムである。・・・“格差”という言葉は、この擁護不可能で到底受け入れがたい状況を表現するには全く不十分だ。・・・現在のシステムは、「富の再配分」をする素振りさえ見せない。これは認めざるを得ない。システムにはこのプロセスを止める仕組みは備わっていない。富の配分ではなく富の独占のために設計されているからだ。(p.54)

ここは金融だけでなくもう少しマクロで考えると良く分かると思います。特に21世紀に入ってからは「情報」という概念がこれを語るためには非常に重要になってきていると思われます。

貧困は貧困者によって作られるのではない。その確信が私を動かしている。世界のあらゆる場所のあらゆる身分の、あらゆる人間が、等しく創造力とエネルギーの無限の可能性を与えられているにもかかわらず、貧困が人為的に人々に押し付けられているのである。貧困撲滅とは、貧困者が直面する障壁を取り除き、自分たちの問題を自分たちで解決できるよう貧困者の創造性を解き放つことにほかならない。私たちが持つのと同じ機会さえ提供できれば、貧困者は自分たちの生活を変えられるのだ。(p.70)

この視座に立てるかどうか、ここが資本主義に毒された我々が貧困撲滅を意識するかどうかの分岐点であるように思います。そう、まさに自律的な問題として貧困を考えるか、そうでないかということです。

MDGsの存在そのものが、人類史上の画期的な出来事だ。MDGsが策定される以前は、地球規模の進歩を促す枠組みで、世界の豊かな国と貧しい国のリーダーがいずれも合意するものは存在しなかった。MDGsが合意に至ったのは、人類史上最も重要な決断を各国が下した結果だ。これによって、地球全体のコンセンサスと数値化可能な目標に基づく枠組みができた。(p.122)

MDGsの成果についていくつかの例が示されていますので、ピックアップしておきましょう。

  • 極度の貧困状態(1日の収入が1.25ドル以下と定義される)背生活する人の数
    1990年 19億人 → 2015年 8.36億人
  • 初等教育の完全普及
    2015年までに発展途上国での就業率は91%に達した
  • ジェンダー平等
    南アジアにおいて
    1990年 男子100人に対して女子74名のみ学校に入学
    2015年 男子100人に対して女子103人
  • 子どもの死亡率
    1990年 1000人中 90人
    2015年 1000人中 43人
  • 2000年から2013年までの間に、新たなHIV感染は40%減少し、マラリア発病はおよそ37%減って、推定620万人の命が救われた。
MDGsの前向きな成果に勇気づけられて、国連加盟国が団結しさらに野心的な地球全体の目標、『持続可能な開発目標』(SDGs)を設定した。世界中から専門家や政策立案者、社会活動家たちが集まり、徹底的に研究、協議、議論して作ったSDGsは、17の全体的な目標と169の具体的なターゲットからなる。すべて数量化できるようになっていて、進捗を明確に定義、モニター、測定できる。大きな基本方針は、17すべての目標を2030年までに達成することだ。(pp.124-125)

まさにこれは宇宙船地球号の乗組員として、人種、宗教、国家を超えて取り組むための、スタート地点としての「問題設定」にあたるでしょう。これが拠り所となって、「持続可能」の観点であらゆることが語られていく必要があるでしょう。

SDGs支持者の一人として私が勧めているのは、一人ひとりがSDGsを自分自身の目標に当てはめ、自分が関係するか所属する、あるいは影響力を持つあらゆる組織や会社、市民団体の目標とすることだ。世界の市民として、目標をひとつ残らず実現できるよう自分にできることはすべてやらなければならない。(p.131)
2016年にハーバード大学の専門家が18歳から29歳までの若者を対象に実施した世論調査によると、資本主義を支持するのは42%にすぎず、51%が支持しないと回答した。多くの若者が、主流の経済システムに不信を募られているのだ。・・・その一方で、今日の若者のほとんどは、社会主義や共産主義など、かつて資本主義に取って代わるものとして提唱されていたイデオロギーも受け入れはしない。これらのシステムにも、同じく欠陥があると考えているからだ。その代わりに、若者は新しいアプローチを熱心に求めれている。人間本性の現実をもっと正確に反映し、人々の創造力を開放して人類に深刻な問題を解決できる可能性を秘めた新しい構造を求めているのだ。現在の若者に共通する点がひとつある。前の世代よりも他の人の役に立ちたいという気持ちを強く持っているのだ。自分を世界に役立てる道を探してるのである。(pp.145-147)

これについてはやはり数字を出されるとインパクトは大きいです。我々の周りでも、若者の離職率の高さがよく話題になるのですが、この根本的なマインドを分かっていないと、完全にミスジャッジをしますね。

テクノロジー自体が心を持っているわけではない。このことを、われわれは心に留めておく必要がある。テクノロジーは、何かの目的のためにデザインされた道具であり、その目的は人間が考えるのだ。われわれが目的を決めて、それに向けてテクノロジーをデザインする。また、それをほかの目的にいかに応用するかも人間が決めるのだ。・・・現代のテクノロジーが秘める力はまさに壮大だ。毎年、大きな進歩が新たに起きているように思われる。テクノロジーが新次元のスピード、柔軟性、パワーをもたれして、交通や製造、農業、医療、そして何より情報管理とコミュニケーションと、数多くの産業を革命的に変化されている。しかし、これらの変化を牽引する全体的なビジョンは存在しない。すばらしいイノベーションは、ほとんどが商業的な成功を収めるのを目的にデザインされ使われている。人間の創造性は、ビジネス関係者が市場のチャンスを見出すところへ向けられているのだ。・・・世界中で人類が直面する巨大な問題を解決するためにテクノロジーを応用しようという関心は、ほとんど見られない。利己的な個人と企業の目標で魔族してしまっているのだ。テクノロジーを社会的に活用しようという傾向が見られない現状では、われわれの利己的なレーダーが感知できない大きなチャンスを逃してしまう可能性が高い。(pp.171-176)

ICTの影響力を使ったソーシャル・ビジネスとして、キヴァとメイクセンスが紹介されています。またこちらについては、いずれ詳しくご紹介したいと思います。

新しい成果経済構造の最重要ポイントは、不完全な資本主義の理論枠組みを完成に導くことにある。第二のタイプのビジネスであるソーシャル・ビジネスを組み込み、理論を見直して、すべての人間は起業家であり、現在の理論が想定する単なる労働の提供者ではないと認識することで、資本主義の理論枠組みを完成させるのだ。これらが理論枠組みに含まれれば、金融危機や食糧危機、エネルギー危機、環境危機の解決に重要な役割を果たせる。新しい経済構造は、貧困と疫病の未解決問題に取り組むにあたって、最も効果的な制度的仕組みを提供する。ソーシャル・ビジネスは利益追求型ビジネスが後に残したあらゆる問題に取り組むことができるのと同時に、従来のビジネスの行き過ぎも正せる。(p.255)

いろいろと疑問に思っていたことがクリアーになったところも多く刺激的な一冊でした。

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