知ってるつもり――無知の科学

知ってるつもり――無知の科学

著者:スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック

インターネットはある意味毒です。物事を知ることの容易さを格段に上げたのですが、知るレベルは低くなってしまったのではないでしょうか。簡単に知ることができるからこそ、深くまで知ろうとしない。そんなふうになってしまった気がします。だからこそ、特に学生には学ぶことは簡単ではないこと、奥が深いことを知ってほしいと思います。(Inobe.Shion)

「intend to know」の画像検索結果

内容紹介

◎たちまち6刷! 今話題の本
◎各分野の第一人者がこぞって絶賛! !

『サピエンス全史』著者 ユヴァル・ノア・ハラリ激賞
「著者らが正しければ、有権者や消費者により良い情報を与えることは無意味に等しい」
(ニューヨーク・タイムズ紙 2017/4/18)

橘玲(作家。『言ってはいけない』)
「芸能人の不倫や官僚のセクハラ、あらゆる分野で「知ってるつもり」が増殖中」

竹内薫(サイエンス作家)
「AI時代に人間の「知」はどう進化するのか。常識を覆し、ぐいぐい読ませる本」
(日経新聞 2018/4/19)

池谷裕二(脳研究者・東京大学教授。『単純な脳、複雑な「私」』)
「知的生物たるヒトはその高度な知性ゆえに無知の罠から逃れられない。気の毒すぎて「私」という生物がますます愛おしく感じられます」

入山章栄(早稲田大学ビジネススクール准教授。『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』)
「最高に面白い! 現代認知科学の成果を知るための決定版が本書。人の「愚かさ」と「賢さ」の仕組みが抜群によくわかる」

キャス・サンスティーン(ハーバード大学ロースクール教授。『実践 行動経済学』)
「この本が大好きだ。私たち個々人がどれほどものを知らず、人類全体としてはどれほど多くを知っているかを明らかにしてくれた。重要な仕事であり、面白い。必読」

スティーブン・ピンカー(ハーバード大学心理学教授。『暴力の人類史』)
「人間は自分で思っているより物事を理解していない。自分がどれほどわかっていないかをわかっていないのだ。それを治す薬はないが、対処法ならある――この本のことだ」

エリザベス・コルバート(ピュリッツァー賞作家。『六度目の大絶滅』)
「本書は教えてくれる――自分に都合の悪い情報を拒絶すれば、われわれはトランプ政権と同じになってしまう、と」
(ニューヨーカー誌 2017/2/27)

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●自転車や水洗トイレの仕組みを説明できると思いこむ。
●インターネット検索しただけで、わかった気になりがち。
●極端な政治思想の持ち主ほど、政策の中身を理解していない。
●多くの学生は文章を正しく読めていないが、そのことに気づいていない。

人はなぜ、自らの理解度を過大評価してしまうのか?
それにもかかわらず、私たちが高度な文明社会を営めるのはなぜか?

気鋭の認知科学者コンビが行動経済学から人工知能まで各分野の研究成果を総動員して、
人間の「知ってるつもり」の正体と、知性の本質に挑む。
思考停止したくないすべての人必読のノンフィクション。

出版社からのコメント
ツイッター、上司、公文書改ざん。この本を編集してから、世の中のいたるところに「知ってるつもり」を見つけてしまう毎日を送っています。まずは読んでみてください。(担当編集者)

内容(「BOOK」データベースより)

インターネット検索しただけで、わかった気になりがち。極端な政治思想の持ち主ほど、政策の中身を理解していない。多くの学生は文章を正しく読めていないが、そのことに気づいていない。人はなぜ、自らの理解度を過大評価してしまうのか?それにもかかわらず、私たちが高度な文明社会を営めるのはなぜか?気鋭の認知科学者コンビが行動経済学から人工知能まで各分野の研究成果を総動員して、人間の「知ってるつもり」の正体と、知性の本質に挑む。思考停止したくないすべての人必読のノンフィクション。

ここで言いたいのは、人間は無知である、ということではない。人間は自分が思っているより無知である、ということだ。私たちはみな多かれ少なかれ、「知識の錯覚」、実際にはわずかな理解しか持ち合わせていないのに物事の仕組みを理解しているという錯覚を抱く。(p.16)

さて本文では、いろいろと詳細に解説されているのですが、これこそ本意に背く気はして恐縮なんですが、訳者あとがきにうまくエッセンスがまとめられていますのでそこからピックアップしておきます。

私たちを取り巻く世界はあまりに複雑で、すべてを理解することなどとてもできない。そこで人間の知性は、新たな状況下での意思決定に最も役立つ情報だを抽出するように進化してきた。頭の中にはごくわずかな情報だけを保持して、必要に応じて他の場所、例えば自らの身体、環境、とりわけ他の人々の中に蓄えられた知識を頼る。・・・これが知識の錯覚の起源である。思考の性質として、入手できる知識はそれが自らの脳の内側にあろうが外側にあろうが、シームレスに活用するようにできている。(pp.290-291)

とにかく知っているつもりのことが世の中にはあふれているということ。諸刃の剣ではありますが、それはそれで社会を進化させてきたし、進化についていくうえでは必要不可欠なのだと感じました。

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