変態する世界


変態する世界

変態する世界
著者:ウルリッヒ・ベック

内容紹介
カフカ『変身』から100年。2015年に遺された「未完の本」――
世界の蝶番が外れてしまっている。以前には想像できない“とんでもない出来事”が起こる。9・11、気候変動、フクシマ、金融危機、スノーデン、トランプ……。資本主義の大成功による副次的効果の蓄積が旧来の通念では理解不能なものに世界を変えてしまった。もはや変動ではなく、変態が起こっている。リスク不平等世界論から読み解く、生成する新しい21世紀の世界像がここに。

★読書前のaffirmation!
[きっかけ・経緯]
[目的・質問]
[分類] 361:社会学

p.229~の訳者である枝廣淳子さん、中小路佳代子さんのあとがきが内容を大変コンパクトにまとめてくださっています。そこをさらにまとめてエッセンスを書いておきたいと思います。

「変態」とは、たとえば、蝶々の幼虫が蛹から成虫へと姿を変えることを指します。蝶々の幼虫と成虫では、その姿は全く異なります。ベックが本書を通して伝えたかったことは、私たちが暮らす世界の在り方が、今、まさに「変態」しているということです。
ベックは、世界の在り方は、「国家」を中心とする見方・在り方から、「世界」を中心とする見方・在り方へと変態しつつあることを、さまざまな例を通して語ります。

国家中心の捉え方をベックは、「方法論的ナショナリズム」とし、世界的なものの見方を基準として世界を捉えることを「方法論的コスモポリタニズム」と呼びます。

方法論的ナショナリズムから方法論的コスモポリタニズムへの変態を理解するには、「騙し絵」を想像するとわかりやすいかもしれません。たとえば、騙し絵では、最初は壺が描かれているように見えていた絵画が、見方を変えると二人の顔が向き合って描かれているように見えます。これと同じように、「国民国家」を基準として考えているときには、コスモポリタン化された世界には目は入りません。見方を変えてはじめて、その世界が見えるようになるのです。
この二つの世界観は並行して存在しています。よって、国家の優先を主張しようと、その背後にはコスモポリタン化した世界が存在します。また、コスモポリタン化した世界でも、国家が消滅してしまうわけでもありません。「国家が中心にあり、その周りを世界が回っている」と考える世界観から、「中心にあるのは世界であり、その周りを国家が回っている」と考える世界観へのこの変態を、ベックはコペルニクス的転回になぞらえて、「コスモポリタン的転回」と名付けています。

こういった社会学の本も月に一冊くらいは読んでいきたいですね。さまざまなのモノの見方を与えてくれます。もし何か一緒に読んで感想を言い合おうというような書物がございましたら、是非ご紹介いただけたらと思います。よろしくお願いいたします。

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