ビジネスデザインと経営学

ビジネスデザインと経営学

ビジネスデザインと経営学
著者:立教大学大学院ビジネスデザイン研究科

内容紹介
豊かさを創造するビジネスデザインとは
日本経済の再離陸のために,立教ビジネススクール15年間の実践を紹介!

★読書前のaffirmation!
[きっかけ・経緯] 私が通っているビジネス大学院と違い、他の大学院はどんなアドミッションポリシー・カリキュラムポリシー・ディプロマポリシーのもとに教育されていて、どんなコンテンツなのか触れることができればと思いました。
[目的・質問] 立教大学のMBAとは?ビジネスデザインとは?
[分類] 336.1:経営政策.経営計画

米国のキャリア形成は、外部労働市場で評価される能力を個々人で育成しなければならない。個人の能力を市場が評価することでキャリアアップにつなげる。ビジネススクールでも、他者を出し抜く発言が重視され、優秀な成績でMBAを取得することが至上命題となっている。(p.iv)

このようなMBAが日本で求められているのではないという前提で、カリキュラム設計をしたそうです。

日本的経営は、戦後の長きにわたり企業内労働市場によるOJTや人事異動などを通じて人材を育成してきた。職能は個人による評価というよりはチームや部署での働きぶりが評価されてきた。海外に派遣した海外MBAの修了者は、会社に戻っても十分に力を発揮できず、社内に軋轢を生み、会社を辞める事例が散見されていた。その理由は、ビジネスの取り組み方の相違であり、個々の能力ではなかった。(p.v)

このあたりの問題意識から、立教のビジネススクールのミッションとカリキュラムを策定することになってとしています。

日本の企業と経済を覆う閉塞感は、旧態依然としたビジネスに支配されているからである。新しいビジネスが誕生すれば、新しい社会が到来し、人々は働くことに行きたいを持てる。ビジネスを根本から見直し、新たにビジネス社会を創造する人材の育成、これが求められるビジネススクールであると確信し、カリキュラムの構築を行うこととなった。標準的な経営学のカリキュラムや個々人が競い合って学修する教育手法ではなく、年齢や経験の異なる多様な人々が集い、それぞれの知識や技術を紡ぐチーム学習の手法をカリキュラムの中心に据え、新たなビジネス社会を創り出す人材の育成を目指すこととなった。このカリキュラムを表現する研究科名称が、ビジネスデザインである。(p.v)

というように「ビジネスデザイン」を定義しているのですが、次で言っていることは全然違うことをいっているようで気持ち悪いんですけどね・・・。

ビジネスデザイン研究科は、創造的事業を構想するデザイン思考の研究家として設置されたが、この言葉は簡単には受け入れられなかった。(p.v)

違うでしょ?後者のほうがしっくりきますが、前者のほうも「新たなビジネス社会を創り出す」ことで、それをデザインすることがビジネスデザインという定義もそれはそれでありだと思ったんですが、この前後の差に違和感を感じてしまいました。どっちやねんと。

商品が溢れても豊かさに貢献できなければ、問題の解決にはならない。モノが溢れたら質の転換を図らねばならない。・・・こうした変化は、新しい知識や経験を結合することになり、俎上に載せる仕事の要素は異なる選択肢となる。それは、ルーチン化している効率的仕事を見直し、新しいビジネスの設計図を描くことである。設計図面は、特定の自然状況や法律・経済の状況、伝統・文化、その他の価値観をもつ環境、そして利用可能な技術的制約を前提とする。それは、時代(When)や地域的(Where)な制約条件であり、この前提に基づき、未だ着手されていない解決しなければならない問題(What)を考える。そこには豊かさを求める人間(Whom)がいる。解決すべき問題は、その解決能力のある人間(Who)を結合し、解決手法(How to)とその解決のために費消する資源量(How much)を示さなければならない。ビジネスデザイン(Business Design)とは、問題の発見と解決手法をモデル化する設計図であり、何時(when)、何処で(where)、誰が(who)、何を(what)、誰のために(whom)、どのような方法で(how to)、いくらで提供するのか(who much)という5W2Hとしてまとめられる。新しいビジネスデザインは、これまでとは異なる仕事やその仕組みを考え、知識や経験の結合方法を提案することができる。この設計には、一義的な解のない試行錯誤的なプロセスを伴う。閃きという言葉で表される画期的ビジネスデザインは、5W2Hの同時均衡を発見するアイデアである。(pp.2-3)

少し長い引用ですが、私のイメージするビジネスデザインとも合致します。

 

新しいことを発明し、それが意味を持つのは、解決しなければならない問題、すなわちニーズが存在するからである。ニーズは顕在化したものばかりではなく、潜在的なものがある。(p.6)

顕在的なものは知識を深化(exploitation)させ、ビジネスの基本設計を維持しつつ、商品の質や機能、あるいは効率性を高める市場の価格競争に結びつく。他方、潜在的なニーズについては、基本設計の構築は、問題を発見する活動であり、未利用の知識や利用目的の異なる知識を再結合する知の探索活動(exploration)であるとしている。(pp.6-7)

ビジネスデザインを描き、これを実践するのは起業家である。起業家は潜在的なニーズを発見し、これを顕在化させる仕掛け人である。起業家は、技術上の制約を所与として、既存の技術で解決可能な知識や技術を探索する。既に存在している財・サービスが新しい目的のために動員される。これはビジネスデザインを実行するための試行錯誤的な時間尾架かるプロセスである。(p.9)
起業家は、リスクを可能な限り削減するためのビジネスデザインを描き、その実施を管理する経営能力を持たねばならない。ビジネスデザインを実現させるのは、起業家と資本家という2つの機能であり、これを成功させるには有能な経営能力が必要である。ビジネスデザインの設計者(起業家)、リスクを負担する資本供給者(資本家)、そしてPDCAサイクル管理者(経営者)の3つの機能が社会の発展と豊かさに貢献することになる。(p.11)
企業は、他人よりも早く知識と経験を修得し、参入する時期が早ければ早いほど利潤を享受する。知識と経験の修得時期が遅ければ、いかなる先端的知識を会得しても、利潤の分け前は少なくなる。株主は、何が必要な知識と経験なのかを評価することで利潤を手に入れる。慎重にリスクを評価得することで、リターンの機会を逸するが、社会が必要とする知識と経験を認識しないと株式売買は危険な賭け事になる。(pp.13-14)

株主・・・確かに長期的な利益を「見る眼」となると株主ですね。短期利益のみが焦点になっていると言ってもいい現状のようなマーケットでは、真の株主の役割とは何ぞや?ということが問われると思いますが、大きなトレンドには勝てませんから・・・この歪んだマーケットはもっともっと歪み続けるんでしょうかね。まぁ、それを補うのがベンチャーキャピタルなどの投資家になってくるのでしょう。

商品の必要性は価格シグナルで表され、希少資源を優先的に使用する権利が与えられる。高い価格は企業の組織拡大と企業の参入増加に導くが、ビジネスデザインの模倣増加により問題解決の優先順位を示す価格が低下し、超過利潤を消滅させる。既存事業が超過利潤を稼ぐ限り、企業は新たな問題の発見とその解決を先送りにし、投資収益率と市場利子率が低下し続ける。(p.14)

上手く説明されてますね。

 

組織内の資源配分が市場の分業を上回る成果をもたらす時、組織は拡大する。市場と比較した組織内取引コストの低下である。組織拡大による一人当たり所得増加が、企業の市場参入による所得増加を上回る。組織に優秀な人材が集まり、中小企業より大会社への就職が選考され、起業より企業組織への就職が好まれることになる。したがって、組織の成長プロセスでは、起業の機会費用は高く、ビジネスデザインを一新するようなイノベーションも起きにくい。(p.14)

経済的な観点で、モノの移動だけでなく、ヒトの移動ということも考えると、そういうことなのだろうということですね。大企業にはイノベーションが起きにくいということもよく言われますが、そういう意味でも納得です。

 

企業の成長は、問題解決が進展している状況であるが、追加的組織の拡大が問題解決に貢献しなくなるとき、組織の成長は止めなければならない。社会は、解決が待たれる新たな問題を発見し、新規事業を起こす起業家を待望する。(p.15)

企業の組織においても、人間と同じで成長すべきタイミング、そうでなく地固めすべきタイミングなどを見極める・・・それも経営者の役目なのでしょう。深いですね。

 

現在の優先順位は消費者が評価し、商品価格を決定する。将来の優先順位は、未来の消費者行動を予想する株主が評価し、企業価値を決定する。ライフサイクルの短い商品は、ビジネスデザインの陳腐化が早く、常に新しいビジネスデザインを構築しなければ、企業価値が維持でいない。他方、長寿商品は、ビジネスデザインの基本設計を変えることなく企業の価値を支えることになる。したがって、時間にわたる豊かさは、現在および将来の商品価格を予想する企業価値として評価される。(pp.18-19)

こういった見方をしたことありませんでしたが、視座が広がりました。

 

資本主義とはどのような経済システムなのだろうか。岩井によれば、資本主義とは「資本の無限の増殖を目的とし、利潤の絶えざる獲得を追求していく経済機構」である。したがって、利潤がいかにして、どのように生み出されるのかという点が資本主義の具体的な特質の理解にとっては重要となる。(p.26)
技術の社会的文脈を読み解き、人々がまだ自覚していないニーズ、曖昧で不明瞭な不満、未解決の潜在的な課題を発見するためには人々の具体的な生活状況や人々の置かれた具体的な社会的状況に対する深い洞察が不可欠となる。こうした人々の社会生活に対する深い洞察を可能にする枠組みとして、「共感マップ」が一つの手がかりを提供してくれる。共感マップは人々がどのような関心を持ち、何を望んでいるのか、何に対して不満や問題を感じているのかを当の人々の視点に立って、その行動や状況を解釈することで理解しようとするものである。(p.37)

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ビジネスデザインは、こうした首尾一貫した勝ち形成プロセスとしての事業システムをデザインすることに他ならない。したがって、そのデザインにおいては各職能活動をいかに効率的に実現するかのみならず、そうした職能間の適合や補完的関係を形成し、統合的なシステムとして構想することが重要となる。こうした首尾一貫したシステムとしてのビジネスデザインを進める上で「ビジネスモデルキャンパス」が有効なツールとなろう。(p.39)

 

上のような9つの「建築ブロック」から構成されるものとして理解し、それを一覧可能なシートに描くものである。こうしたビジネスモデルキャンパスを用いて、首尾一貫した統合的なシステムとしてビジネスをデザインすることが可能である。(p.39)
企業の成長に関して、ハーバード大学のクリステンセン教授は、『イノベーションのジレンマ』の中で次のような興味深い一文を著している。「技術の市場構造の破壊的変化に直面し、失敗した大手企業は、数えればきりがない・・・これらのすべての失敗に共通するのは、失敗につながる決定を下した時点では、そのリーダーは、世界有数の優良企業と広く認められていたことである。・・・すぐれた経営こそが、業界リーダーの座を失った最大の理由である。これらの企業は顧客の意見に耳を傾け、顧客が求める製品を増産し、改良するために新技術に積極的に投資したからこそ、市場の動向を注意深く調査し、システマティックに最も収益率の高そうなイノベーションに投資配分したからこそ、リーダーの地位を失った。」(クリステンセン, 2000, 5 その他より抜粋)

つまりある時点で常識的に「正解」とされるような企業経営者の判断が、常に企業に成長をもたらせるわけではなく、時には致命的な失敗に導いてしまうこともある、ということだ。クリステンセン教授はその原因として「破壊的イノベーション」の出現をあげる。イノベーションは「企業の技術」によって作りだされる。その技術には持続的技術と破壊的技術があるが、持続的技術に分類される新技術のほとんどが製品の性能を高める技術であり、それが企業の失敗につながることはめったいにない。それに対して破壊的技術が引き起こす「破壊的イノベーション」は、従来とは全く異なる価値基準を市場に持ち込み普及させるために、優良企業に破壊的なダメージを与える可能性が非常に高い。

クリステンセン教授はさらに組織における問題に言及し、優良企業が「破壊的イノベーション」を創り出すことができない理由を示している。「人々にとってプロジェクトが意味を持つのは、それが重要な顧客のニーズに応え、組織が必要とする利益と成長にプラスの影響を与え、そのプロジェクトに参加することが、有能な社員の昇格の可能性を高める場合である。」(クリステンセン, 2000, 192)

そして優良企業の中核組織は有力な顧客を多く抱えるために、既存顧客の求める既存製品以外を研究開発する部門は社内的に傍流になってしまう。順調な業績でしっかりと利益を上げている優良企業にとっては、現在獲得している売上を確実に保ち、さらにそれを伸ばすことこそが重要課題であり、まだ見えていない変化に備えて現状を変革することにメリットが見出される可能性は極めて低い。(pp.53-54)

クリステンセン教授の考えのコアのところが抜粋されています。

 

デザイン思考:5つのモード(pp.62-64)

  1. Empathize / 共感観察
  2. Define / 課題定義
  3. Ideation / アイデア出し
  4. Prototyping / プロトタイピング
  5. Test / テスト
社会が一層複雑になってくるにつれて、T型と呼ばれる人材が注目されるようになってきた。一つの領域に根ざしつつ、他の領域に対する理解力があり豊富な知見を持つ人材である。さらに最近では、H型人材という考え方も生まれている。2つの領域をつなぎ合わせるような才能を持った人材という意味である。H型人材はバウンダリー・スパナ―(boundary spanner)と呼ばれることもあるが、要するに領域と領域とをSpan(橋をかける)できる能力を備え人材である。(p.67)

T型については意識していたのですが、H型なるものが出てきてるのですね。そういう意味では、日本ハムの大谷君的なんて、究極のH型人材ですね。

サイモンは、「経営理路の中心テーマは人間の社会的行動における合理的側面と非合理的側面との境界にある」とし、最も重要な前提は、「限定された合理性」(bounded rationality)であることを明らかにした(Simon, 1997,:訳184)。そして、人は合理的に意思決定をするが、しかしその認知力および情報処理録には限界があるため、「現時点で満足できるものから意思決定をしておく」という、サティスファイシング(satisficing)という概念を打ち出し、プロセスの重視を強調する(Simon, 1997)。

彼はマネジメントにおける人々の行動原理を明らかにし、実践の戦略につながる重要な研究の潮流を生み出したのである。その一つは今日、センスメーキングとして定義されている、新しい認知をプロセスに転換する行為であり、二つは組織のルーティンおよび能力に関するものである。限定合理性を前提にすれば、行為者が自らを取り巻く世界を感知(センシング)することにも限界があり、その中でもプロセスに転換するためには、合理的であろうとするのである。また行為者は新しいプロセスについては、1から計算するよりも、過去のルーティンを拠り所とする傾向が高いと、完全合理性を否定する。サイモンが着目した行動理論は、ミクロの位置に同居しており、後の実践の戦略研究に大きな影響を及ぼしているといえる。(p.73)

このあたり、非常に興味があったのですが、いざ、ビジネス現場でどう生かすんだ?というふうに思ってしまうと、理論としては分かるのですが、、、、という感じになってきました。「経営」と「経営学」の違いというか・・・ここがむずかしいところです。

 

ミッションは、人や組織の存在意義や使命であり、最上位概念となる目的関数である。ミッションが目的であるのに対して、ビジョンは目標であり、人や組織の中長期的な夢や目標を表象したものである。最後にバリューとは、人や組織の価値観であり、人や組織の行動指針として機能しているものである。(pp.118-119)

いままでビジョンが上だと思っていましたし、そう書かれている本も多い気がしますが、「ミッション>ビジョン」についてはさらに詳しく書かれています。

 

ミッションは最上位の概念であり、存在意義、存在目的を明らかにしたもの。それに対してビジョンとは、ミッションを前提にして、具体的に将来企業がこういうふうになるという像を明確にしたものである。ミッションが存在履油や存在目的といった本質的な概念だとするなら、ビジョンはそれを実現する上で自分たちの会社がどのような会社になるべきか、どうなりたいかを明らかにしたものである。そしてバリューとは、ビジョンを実現するにあたっての行動指針と呼ぶべきものである。企業の中の一人ひとりが、どのような価値判断で、どのように行動するべきか。あるいはどんな行動を取ってはならないのか、その基準を決めたもの。実際には、社是とか社訓などという形で表されることも多い。(p,119)

●NLPニューロロジカルピラミッドのフレームワーク

出所:ディルツ(2006)をもとに作成

 

●戦略フィロソフィーの全体構造

●経営の誠実性と戦略ピラミッド

立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の先生方がそれぞれの専門性に応じて執筆されたオムニバス版ですが、それぞれがそれぞれに繋がっていて興味深く読むことができました。

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