経済学私小説〈定常〉の中の豊かさ


経済学私小説〈定常〉の中の豊かさ

経済学私小説〈定常〉の中の豊かさ
著者:齊藤誠

★読書前のaffirmation!
[目的] タイトルがおもしろそうでしたので気分転換として
[質問] 経済学のエッセンスで得られるところをチェック

人口一人当たり名目GDP(2013年)
478兆円÷1272億人=約376万円
2013年の平均円/ドルレートで換算すると、約3.8万ドルとなる。(P.15)

名目GDPは500兆円と覚えておくといいでしょう。

さらに20-50クラブの話をした。「20」のほうはtwenty thousandで人口一人当たり名目GDPが2万ドル以上、「50」のほうは、fifty millionで人口5千万人以上を、それぞれ意味している。20-50クラブとは、人口が5千万人以上で一人当たり名目GDPが2万ドル以上の経済大国のグループということになる。現在の20-50クラブのメンバーは、日米に加えて独、仏、英、伊、韓国の7か国にすぎない。(P.16)

そんな括りがあったとは知りませんでした。
G7には、韓国の代わりにカナダですが、カナダは2013年で一人当たり名目GDPは約5.2万ドルですが、人口が3,511万人で足らないようです。

<定常>状態に積極的な意味を最初に見出したのは、19世紀の経済学者、ジョン・スチュアート・ミルである。彼の主著作の一つである『経済学原理』には、<定常>状態に関する考察が展開されている。(P.29)

ミルの定常状態に対する理解は、現代のマクロ経済学の理解とほぼ同じである。すなわち、資本蓄積の定常状態は、資本蓄積が停止したのはなく、資本を積み上げていく力と、資本が取り崩されている力がちょうど均衡した状態を指している。ミルは、あたかも静止しているように見える定常状態において、経済の新陳代謝を見出していた。このように理解したミルは、定常状態に達した経済で収益率の低い生産資本に資源を投じて無理に経済成長を図っても、せいぜい低賃金労働者を養うだけだと喝破した。また、資源が投機に浪費されやすいことも指摘した。(P.30-31)

あとでも出てきますが、動かない「数字」は止まっているのではなく、プラスの要素とマイナスの要素が均衡していると捉えると考え方が変わってきます。そこは非常に重要なポイントです。

マクロ経済学には、「現在の設備投資は、『将来の消費』に貢献する」という考え方がある。このようにいうと、「『将来の消費』ではなく、将来の生産の間違いではないあk」と言い返されてしまいそうだが、「将来の消費」が正しい。現在、生産したものをすべて生産設備に投じて将来の生産をいくら拡大させても、人間の生活は豊かにならないからである。生産したものを消費してはじめて、人間の生活は豊かになる。(P.72)

「作るだけでなく、消費されて初めて価値になる」ということは大きな示唆です。たとえば在庫の山には価値がありませんからね。

私は「動かない数字に動きを感じるようになったら一人前」と、何だか禅問答のような言葉で演習をしめくくった。(P.94)

これは、失業率の話でできてたセリフですが、「失業流入率」と「失業流出率」のバランスがあっての失業率です。特に率というのは厄介なもので、実数を見たうえで判断しないと思わぬミスジャッジを生みかねません。

 

通常、毎日、規則的に働いていた人間が、3カ月を超えて失業期間を経験すると、たとえ失業保険である程度所得を確保できたとしても、元の勤労規律に戻るのは非常に苦労すると言われている。(P.103)

こんなこと考えたことありませんでしたが、確かに3か月あれば人の習慣は大きく変わってしまうでしょう。その場合も、ここにあるように勤労規律に沿った生活を送っていないと・・・。

 

1980年から2004年ごろまでは、両平均(日経平均と東証株価単純平均)がほぼ同じ傾向を描いていた。しかし、2005年ころからは、日経平均が大きく上がっても、東証株価単純平均はそれほど上昇しなくなった。(P.108)

なんとなくそんなふうには思っていましたが、調べたことなかったんですが、やっぱりか・・・・という感じです。そう思ったら、調べてみないといけませんね。知らない間に、その疑問を忘れて、メディアの意見を信じてしまいがちですから・・・・。

 

イェール大学のシラー教授の方法
1株当たりの収益を実質化して、過去10年間の移動平均をもって、上場企業の長期的な収益力と考えていた。(P.109)

こちらにも記事がありました。ご参考まで。
米株価バブルを警告するロバート・シラー教授

「官僚」は、その人間の気質的なもので、みずから勉強してロジックを身に着けることも、みずから苦労してデータを得ることもしないくせに、ドアタマがいいものだから、耳学問で手に入れた、わずかな「ロジック」と「データ」の上に、とんでもない空想を組み立てることを得意とする種族を指している。(P.243)

官僚に限ったことではないと思います。ついつい忙しさにかまけて、自分の目で見ず判断してしまうことが増えてきています。これではダメです。やはり現場百回ではありませんが・・・それくらいの気持ちで、重要なことに関しては、自分の目で確認するということを怠らないようにしたいと思います。

さて、なかなか面白い小説というかエッセイというか、、、、そんな感じの作品でした。また齋藤先生の別の著作も読んでみたいと思いました。

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